NHK受信料の支払い義務化
ほかに菅首相のテレビ界に関する政策として考えられるのは、まずNHK受信料の支払い義務化。
菅首相は総務相時代の2007年、当時のNHK会長・橋本元一氏(77)に対し、「受信料を約2割値下げし、義務化を」と提案した。だが、橋元氏はこれを拒んだ。その理由を橋元氏は「2割値下げという考え方は受け入れられない」と説明したが、局内には「自民党の支配度が高まる」という危惧もあった。
そもそも古くからNHK内には義務化に慎重な声が根強い。NHKマンたちに本音を聞くと分かるが、任意で支払ってもらうからこそ公共放送として視聴者との信頼関係を築けると考えている人が少なくない。
半面、近年のNHKは受信料不払い世帯に対し、支払督促申立てなどの法的手続きを取るケースも多い。矛盾である。だが、これはNHK全体が積極的に望んでいることとは言い難く、背景は複雑だ。
NHKが徴収率アップに向けて躍起になる理由
実はNHKが受信料不払いに対して法的手続きを講じ始めたのも菅総務相の時代なのだ。2006年11月、都内の33件について東京簡易裁判所に支払い督促を申し立てた。
徴収率が落ちると、「公共放送としての権威がなくなる」などの声が永田町や霞ヶ関から上がり、プレッシャーをかけられる。政官界からの重圧から逃れたいというのもNHKが徴収率アップに向けて躍起になる理由なのだ。
それでも菅首相が義務化を実現させた場合、約2割の世帯にとっては事実上の増税となる。2019年度末の受信料の推計世帯支払率は全国で81.8%だからである。
なにやら因縁めいているが、都道府県別で受信料の支払率が一番高いのは秋田県の98.3%。菅首相の故郷だ。受信料義務化が菅首相の選挙に悪影響をもたらすことはないだろう。東京は69.8%、最も低いのは沖縄県の51.8%だ。沖縄県が低い理由は1972年の本土復帰までNHKが撤退していた上、政府寄りの報道があることで不満を抱かれているからだと思われている。
「義務化すると、NHKは今以上に各所から反感を買いかねません。番組づくりの自由度も落ちるでしょう。また、放送内容についてより丁寧な説明をする責任が生じてきます」(岩崎編集長)
義務化されれば、事実上の国営放送の誕生と言っていい。受信料を強制的に徴収した上、NHKの最高意思決定機関である経営委員会の12人の委員は政府が決めてしまうのだから。経営委員会は会長の任免を行い、予算や事業計画なども決定する。
経営委員は衆・参両院の同意を得て、首相が任命するが、その仕組みを考えれば、政権が牛耳れるのは説明するまでもない。同じ公共放送のイギリス・BBCとは全く違う。公共放送とは、国による管理や統制から自立した放送にほかならない。