小説などを書いている大倉崇裕のオタク日記です……が、最近は吠えてばかりです。見苦しくて申し訳ありません。でも、いま日本を支配している政治家とその一派の方が遙かに見苦しいでしょう?

小田嶋 隆氏による「総理案件」

杉田、小川、新潮、三者がタッグを組んだ唾棄すべき差別記事。それを「総理案件」として見事にまとめ上げている。見事だ。

 

business.nikkeibp.co.jp

 

それでも、小川榮太郎氏の記事には、一言だけ反応しておく。

 理由は、単純な話、腹が立つからだ。
 いくらなんでも、ここまで低劣だと、読んでしまった人間の感情として黙って通り過ぎるわけにはいかないということだ。

 全編を通じて、性別や染色体や性指向などなど、高校の生物の授業以前の事実誤認がちりばめられていることもさることながら、この人はなによりもまず「性的指向」と「性的嗜好」というLGBTを語る上での、最も基礎的な概念について、きちんとした区別がついていない。

 あるいは、LGBTの人々をあえて「変態性欲」のレッテルのもとに統合するべくこの2つの概念を混同してみせているのかもしれない。

 いずれにせよ、あまりにもレベルが低い。
 特に以下の引用部分はとてつもなくひどい。

《---略--- LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものだというのなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ。ふざけるなというヤツがいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからです。  満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。彼らの触る権利を社会は保証すべきではないのか。触られる女のショックを思えというのか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどのショックだ。精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく。---略---》(「新潮45」 2018年10月号P88より)

 

 この部分は、説明抜きで、そのまま引用してみせるだけで、そのひどさが伝わるパラグラフだと思う。

 性的指向と、性的嗜好の区別がついておらず、さらには性的嗜好と変態性欲を意図的に同一視し、おまけに、LGBTと痴漢を同じカテゴリーの概念として扱い、かててくわえて、性的にマイノリティであることを意図的な犯罪者と同一視している。

 さらに言えば、女性が痴漢に触られた時に感じる被害感情を、小川氏がLGBTが論壇の大通りを歩いている風景を見る時に感じる「死ぬほどのショック」とやらと同列に並べている。

 あまりにもひどすぎて論評の言葉が見つからない。

 

 

杉田論文があれほどに燃えたのは、あれが「総理案件」だったからだと考えている。

 つまり、あの論文を書いたのが、安倍晋三首相のお気に入りの女性議員で、一本釣り同様の経緯で地方ブロックの比例第一に配せられた特別扱いの議員だったことこそが、見逃してはいけない背景だということだ。

 二階幹事長が
 「この程度の発言で、大げさな」
 とすぐに擁護したのも、杉田議員が首相のお気に入りであることを踏まえた反応だと思うし、永田町の自民党本部前まで抗議に訪れたLGBTの団体の抗議声明を手渡そうとした時に、なぜなのか、担当の事務員が文書の受け取りを拒絶したことも、いまになって考えてみれば、当件が、ただの抗議事案ではなくて、「総理案件」だったからだと考えると辻褄が合う(こちら)。

 

安倍さんがなんとか杉田議員を擁護したのは、つまるところ、彼女が、自分自身の内心を代弁する存在だから切るに切れないのではないか。

 「新潮45」の編集長が、世間からの圧倒的な逆風をものともせずに真正面からの反論企画掲載に打って出た理由も、結局のところ、杉田論文が「総理案件」であることにある程度気づいていたからで、要するに、編集長氏は、この反論企画が必ずや首相に気に入られることを知っていたはずなのだ。

この薄気味の悪い生産性差別物語の背後に、一貫して総理のご意向が見え隠れしていたから