現行の健康保険証の廃止がどのように決まったのか、その決定経緯が分かる記録を政府が残していなかったことが、東京新聞の情報公開請求や関係者への取材で分かった。
事実上のマイナンバーカード取得義務化にも等しい大きな政策転換だったにもかかわらず、政府内でどのような議論があったのかブラックボックスになっている。
政府が現行保険証の廃止の方針を示したのは、2022年10月13日。河野太郎デジタル相が記者会見で、「2024年度秋に現在の健康保険証の廃止を目指す」と表明した。後に政府は2024年12月廃止と決定した。
それまで政府は「原則廃止」としながらも、「強制はしない」と現行保険証の選択の余地も残していた。
東京新聞は今年6月、厚生労働省とデジタル庁に、「完全廃止」を決めるまでの政策決定のプロセスが分かる文書の開示を求めた。
2カ月後、両省庁から開示されたのは、2022年6月に政府が原則廃止を決めた「骨太の方針」、22年9月29日と10月12日に開かれた「マイナンバーカードの普及・利用の推進に関する関係省庁連絡会議」の議事概要や資料、廃止を表明した関係大臣の会見概要だけ。
ほとんどはホームページで公表済み
記されていたのは河野氏の発言だけだった
議事概要では、関係省庁からの意見が「なし」と記され、保険証廃止を議論した形跡はうかがえない。「2024年度秋」とする廃止時期の言及もなかった。
「大臣間の協議の記録はない」
両省庁から開示された文書の中には、首相報告時の記録もなかった。
当時厚労相だった加藤勝信氏は、自民党総裁選への出馬を理由に「今は回答が難しい」。
総務相だった寺田稔氏は「お答えできない」とのことだった。
現行(紙)の健康保険証の新規発行停止が12月2日に迫る。国民の不安をよそに政府の無責任ぶりを示す驚愕の事実が明らかになった。
紙の保険証廃止がどのような経緯で決まったのか。記録が政府に残されていないのだ。東京新聞(25日付朝刊)が暴露した。
そもそも紙の保険証廃止決定は二転三転してきた。 原則廃止するが申請者には交付する、としていたのが2022年6月。
それからわずか4か月後の2022年10月には「2024年秋をもって完全廃止」となる。 ところがこれでは終わらない。2023年6月、厚労省は「念のために従来の保険証を持参して」 と併用を呼び掛けたのだ。転職などによる混乱を避けるためである。6月30日に立憲民主党のヒアリングで厚労官僚が正式に明らかにしている。
にもかかわらず、所管の河野太郎デジタル担当相は、既定方針通り、紙の健康保険証を廃止する方針を頑として曲げていない。
急病で瀕死の状態に陥っている時、マイナ保険証の暗証番号なんて言えるはずがない。
女房がコロナで救急搬送された時、それを痛感した。紙の保険証がなかったら女房は受診できず、命を失っていたかもしれない。
ふざけるな。人の命を何だと思ってるんだ。医療や介護の現場で働く医師、看護師、ケアマネジャーたちが、きょう25日、厚労省に「マイナンバー保険証の廃止」などを申し入れた。(呼びかけ:医療介護福祉労働者全国連絡会)
厚労省は大臣官房が対応した。都内の病院に勤務する男性が詰め寄った。「保険証を奪うということは国民の命を奪うということなんですよ。あなたたち厚労官僚はそれをどう考えてるんですか?」と。
大臣官房の官僚は「ここは交渉の場ではありません」と涼しい顔でかわした。
マイナカード導入の設備投資が負担できず、廃業する開業医は全国で1万軒にも達する、との見方もある。
かかりつけの医院は潰れ、たどりついた大規模病院で暗証番号が言えない。マイナ保険証がもたらす悲劇は想像を絶する。 ~終わり~