Muho’s diary

小説などを書いている大倉崇裕のオタク日記です。こちらには政治的叫びはありません。

小説などを書いている大倉崇裕のオタク日記です……が、最近は吠えてばかりです。見苦しくて申し訳ありません。でも、いま日本を支配している政治家とその一派の方が遙かに見苦しいでしょう?

嫌われる勇気

  • 「嫌われる勇気」はアドラー心理学(実はよく知らない)について書かれた本を「原案」としてミステリーに仕立てた作品。とにかく、放送当初から主演女優の悪口に始まり、アドラー心理学の専門機関(?)から放送中止を求める要望書が提出されたりと、いい話題はほとんど何も聞かなかった。私自身は、これがミステリードラマであることを知らず、ある人に教えていただき見始めた。ということで1話を見逃しているので、何も偉そうなことは言えないのだけれど、ミステリードラマとして、刑事ドラマとして、充分に面白かった。もちろん100点満点とはいかないけれど、一話完結のそれぞれに仕掛けがあるし、最終回に向けての縦軸も上手く散りばめられ、黒幕の正体も、どこかの番組のような唐突さはなく、当初から伏線が張られていて、ミステリーとして攻めと保守のバランスが取れた佳作であると思う。主人公のキャラクターにしても、「感情移入できなくて好きになれなーい」と視聴者に言われることが判っていたのに、これで勝負するという潔さ。そういうところ、好きです。
  • ただ、やはり、なぜアドラーなのかという歪さは残る。主人公がアドラー心理学を実践していて、相棒の新人刑事がそれに影響を受け、詳しい教授に教えを乞う……というのは判るのだけれど、やはりどう考えても、事件との密着性が薄い。最後で動機の一側面としてアドラーが語られることはあるけれど、謎や解決はアドラーとは無縁のものであるし、この歪さは最後まで解消されなかったように思う。皮肉なことに、各話の謎と解決が上手くできているだけに、アドラー心理との乖離が目立ってしまった。(最終回前の暗号だって、せめてアドラーでいこうよ)
  • これはどうでもいい私見だけれど、アドラーと主人公の過去というしっかりとした縛り、縦軸があるならば、一話完結で語られる各事件にも、一定の縛りを持たせるべきだったのではないか。例えば「IQ246」では縦軸を活かし、ドラマとしてのキャラクターを明確にするため、毎回「倒叙」の形式を取った。「嫌われる勇気」ではそれとは逆に、殺人、誘拐、爆弾魔までバラエティ豊かに見せる方向を取ったのだろうが、やはりミステリードラマとしての核を欠いてしまったようにも思う。
  • 視聴率や主演役者云々で、ドラマをこき下ろす下衆な風潮はまったくもって許せない。「嫌われる勇気」はネガティブに語られる要素は一切ないし、綺麗に完結した立派なミステリードラマだ。今期の収穫と言える。これは言わなくてもいいことだけれど、大上段に振りかぶったネタをまったく昇華できていない「相棒」なんかより、ずっとポイントが高い。

TV 「シカゴ・ファィアー」第22話
学生がパーティー中、デッキが崩れ死傷者多数。そんな中、タラの一件でセブライトは追い詰められていく。当てにならない上層部を見限り、彼はアントニオたちの協力を得て自ら動きだす。まあ、今回もいろいろあるけれど、何といっても、次回、「シカゴP.D」のパイロット版とも言うべきエピソードに繋がる一大事。こうなることを見越して、あのキャラクターを配置していたのか、途中からいろいろ考えてこうなったのか、制作者の頭の中を知りたい。