Muho’s diary

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20分でわかる「虐殺否定論」のウソ

  • 20分でわかる「虐殺否定論」のウソ

「朝鮮人虐殺はなかった」はなぜデタラメか | 関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定するネット上の流言を検証する

 

(一部抜粋)

ちょっとたとえ話で説明してみましょう。
 
1994年、松本サリン事件がおきました。このとき、「ガレージに農薬があったからあやしい」といった理由で、会社員の河野義行さんが警察に犯人扱いされ、メディアもこれに便乗して、プライバシーまで含めて、あることないことを大量に書き、河野さんの一家を苦しめました。しかし結局、警察は彼を逮捕できず、翌年には地下鉄サリン事件が起こったことで、真犯人はオウム真理教の教団であることが分かりました。結局、河野さんへの人権侵害によって、捜査機関やメディアは深刻な反省を求めらることなったのです。
 ところが、もし誰かが、2014年のいま、松本サリン事件直後の新聞や雑誌をコピーしてネットに貼り付け、「これを見ろ、ここに『この会社員が怪しい』とはっきり報道されているじゃないか。我々はこれまで、サリン事件の犯人はオウム真理教だという俗説にだまされてきたのだ」と主張したらどうでしょうか。
 彼が本当に、誠実に、「サリン事件の真相を知りたい」と思うのであれば、事件直後の誤った報道、誤りであったことが明らかになっている報道に執着するのではなく、その後の事実経過を含めて検証するべきです。もしサリン事件の犯人について新説を主張したいのであれば、これまでの定説、証拠の山を否定するに足るそれなりの論証を行わなくてはならないはずです(そんなことは不可能でしょうけど)。
 ネット上で、あるいは書籍で「朝鮮人暴動はあった」「その証拠に記事があるじゃないか」という人々が行っているのはこういうことです。彼らは「書いてあるから事実」と繰り返すだけで、震災直後の新聞がどういう状況にあったのか、そして朝鮮人虐殺問題をめぐる「その後」、落ち着いて以降の時期の行政の記録やメディアの報道、90年間に書き残された様々な証言に目を向けることは、全くしないのです。

 

 関東大震災の時に、朝鮮人地震に乗じて暴動を起こしたのだ―というトンデモ歴史観を持つ人は、今後、大きな災害が起こった場合にも、真っ先に「外国人が暴動を起こすに違いない」と考えることでしょう。そうした流言を拡散するかもしれないし、とんでもなく誤った判断を選択するかもしれません。こうした人が増えてしまったら、社会におよぼす危険性はさらに高まります。

  虐殺否定論の言説が広がることで、ごく普通の人々は「歴史学には『虐殺はあった』派と『虐殺はなかった』派の対立がある、真実はきっとその中間にあるのだろう」などと思うようになるかもしれません。それだけでも、結局は先に書いたような危険性に行き着くでしょう。外国人が暴動を起こすといった流言をわずかでも信じてしまう可能性があるからです。実際には、歴史学に「虐殺はなかった」などという言説の居場所はありません。虐殺否定論は、ホロコースト否定論(ナチスドイツがガス室ユダヤ人を虐殺したなんてウソだというトンデモ歴史観)と同レベルに荒唐無稽であり、同レベルに危険なのです。